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ハリキにしやがれ! Vol.3 ~アジア映画は 変わったか?~

その変化をひとことで言うのは大変難しい。第一、アジア映画について知らな過ぎるからです。1970年代は、ブルース・リーくらいしかなくて、それ以外では、インドのサタジット・レイなど欧米に認められた芸術映画くらいでした。

80年代以後、アジア映画のイメージを作ってきたのは、中国第5世代の監督たち、台湾ニューウェーブの旗手たち、香港勢、韓国のイム・グォンテクといった、個人的に傑出した才能の映画群でした。

その後、変わったといえば、これまで知られなかった国々が映画祭の常連になったことでしょう。イランやトルコ、マレーシアなど、新たな台風の目が生まれました。もうひとつ、かつてのアジアの監督たちは、欧米を手本に、母国の映画環境に反抗して、芸術的な作品を作ってきた知識人ではないかと思うのです。

さらに最近気がついたのは、作家主義的といいましょうか、芸術映画の衰退でしょう。その結果起こったのは、たとえば、レベルの高い職人監督の活躍ではないでしょうか。そのいい例が、ピンク映画から出てきた滝田洋二郎監督(「おくりびと」)のように、観客に支持され、しかもアカデミー賞を受賞するというケースです。むかし、「八仙飯店之人肉饅頭」で名をはせた香港のベテラン職人監督ハーマン・ヤウが、「セックスワーカー」のような素晴らしい作品を撮るというのも、その例です。

日本で見られるアジア映画は、さまざまなフィルターにかけられてきたほんの一部分であることを、忘れてはいけないと思います。アジア映画について、ぼくらはほとんど知らないと言ったほうがいいのです。

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