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ハリキにしやがれ! Vol.4 ~アメリカ映画にはない、 アジア映画とは?~

おおざっぱに言いまして、アジア映画の魅力はどこにあるかといえば、欧米のドラマトゥルギー(ドラマの作り方)とは違っているところです。世界中で商業映画として流通している映画の作り方は、だいたいハリウッドで作り上げられた方程式に従っていると思います。それがけっして唯一、映画の作り方であるわけはないのですが、長い時間をかけて、それが心地よく感じるように慣らされてきたわけです。アカデミー賞や権威ある国際映画祭が欧米にしかないという事実によっても、価値づけは歴史的に作られてきたことがわかります。

ある時期から、国際映画祭で、アジアの作品が受賞するようになり、ヨーロッパの価値づけの中にアジアというものが織り込まれるようになりました。いい作品が欧米では作られなくなったことと、欧米以外でもすぐれた作品が作られるようになったこと、その作品群をほっとくわけにはいかなくなったこと、があります。ただ、あくまでも、価値づけするのは欧米なのです。アジアの映画祭で受賞しても、それほど付加価値はつかないのが現実です。

おおまかにいって、欧米の映画とちがうのは、人間と自然の関係の描き方かもしれません。徹底して人間が中心にいるのは、キリスト教的な文化圏の国々です。自然は人間にとって、書き割りのようなものです。西欧の近代主義がもはや意味を持たなくなってきたのが、今なのです。ハリウッド映画が、正義と悪を二分して、戦いという名のもとに、いまだに破壊行為の快感を描き続けているのは、困ったことだと思います。イスラムから仏教まで、アジア的な映像では、人間がそれほど万能ではないこと、自然の描写がそれ自体で説得力を持つことなどに、特徴があると思います。

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