中国

「LOVERS」張芸謀のポストモダン

前作「HERO」を見たとき、あのチャン・イーモウ(張芸謀)がなぜ、と首をひねった。その前の「至福のとき」で、何かが終わったことははっきりわかったのだが。

新作「LOVERS」。この監督にとって終わったのは、社会制度と個人の相克をリアリズムとして描くことではないか。もともとリアリズムの作家ではなかった彼は、あっさりモダンを見かぎり、ポストモダンに転向してしまった。強力な文化的記憶である武侠ものを枠組みとして、中国版「マトリックス」のごときものをめざした。そして、前作、今作と、きわめて質の高い商品を作り出すことに成功した。

ポストモダンの特徴。物語の大状況は、謎めいてはいるが、単純。それにくらべて、主人公を取り巻く小状況は、やたら複雑である。この作品も、大枠は、朝廷と反政府組織の戦い。その中間にいるのが主人公たち。主人公の美女は、はじめ盲目の踊り子、じつは朝廷にたて突く組織飛刀門の頭目の娘、そうかと思えば、また違う。タマネギの皮をむくように、実体がつかめない。

超人的な運動能力での戦いや、一瞬の運動を限りなくゆっくりと引き伸ばす映像のテクニック。これも時間と空間を近代的話法から解放するポストモダンの手法である。さらに、武侠ものの映画的記憶(キン・フーの「侠女」とアン・リーの「グリーン・デスティニー」における竹林の名場面)とたわむれながら、それを越える新趣向で、アッといわせる。スペクタクルとしてのオタク度がやたら高い。あげく、金城武とアンディ・ラウの最後の死闘にいたっては、すごいのか、奇怪なのか、よくわからないほどだ。注目度ナンバーワンのチャン・ツィイーも、中心のないポストモダンにふさわしい、なんでもありの美女。

何よりポストモダンは、地理・歴史に縛られず、おいしいとこ取りをする。スタッフ・キャストが中国、台湾、香港、日本、オーストラリアなどに広がっている。これは、グローバル化する世界の、周到かつ模範的なビジネスモデルにほかならない。

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