梁木靖弘の自由席

ぜい肉一切なしの映像 「父、帰る」

冒頭は水中。汚れた海の中をカメラが進む。沈んだボートが見える。それを断ち切るように、海に飛び込む子どもたちの姿。兄のようにはできず、高い飛び込み台の上で怖気づく弟。人生という海の底知れなさを前にしたように。やがて、父と息子の緊張をはらんだドラマに引きこまれる。見終わって、しばらくして、ボートが何であったかに気づき、がく然とする。な、何という周到な伏線!

ロシアの39の新人アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「父、帰る」は、今年、屈指の1本(注:2004年当時)。北野武の「座頭市」がヴェネツィア映画祭で銀獅子賞を取ったときの、金獅子賞である。人生から、意味や目的というロマンティックな目くらましをそぎ落としてとどうなるか。単純で、厳しく、謎のような現実だけが残る。ぜい肉が一切ない映像は、同郷の映像詩人タルコフスキー(母親が落ち着かなくタバコを吸うところは、タルコフスキーの「鏡」を思わせるが)というより、ブレッソンやアントニオーニに近い。

12年ぶりに、父親が帰ってくる。なぜ出て行ったのか、なぜ帰ってきたのか、どんな仕事をしているのか、すべてがなぞめく。兄弟は、本当の父親だろうかと半信半疑。父親は、ふたりの息子を誘って、釣りに行く。道中、長いものに巻かれる兄は従うが、がんこ者の弟は、かたくなに父を拒否する。強引に自分のやり方に従わせる父。弟は憎悪をつのらせていく。

3人だけで、これほど力強い描写が可能とは! 兄弟の性格の違いに、父親の謎のような行動が加わると、ほとんど神話的な世界。ボートもそうだが、何気ないシーン(子どもたちがはじめて父親を見るとき、彼はベッドで寝ている)が、後半で形を変えてくり返される。すると、さかのぼって、はじめの日常的なシーンが、象徴的な意味を帯びていく。なぞめいたエピソードが深いところで反響しあい、関係しあって、ひとつの動かしがたい運命を形成する。これが新人かというような、完璧な作品。

(2004. 11. 11)

 

Posted on