2019.10.3
ディレクター懇談④『デモンズ』ダニエル・フイ監督
『デモンズ』英題:Demons(シンガポール)
監督:ダニエル・フイ
誰の心の中にも悪魔は潜んでいる―実験的に描いた異色ホラー
社会に潜む権力、芸術、トラウマへの恐怖を風刺的に描いた今作。ジャンルはホラーでありながら、実験的な表現に果敢に挑戦した作風に梁木ディレクターは強く惹かれたといいます。懇談会場にさっそうと現れたダニエル監督は、シンガポール映画界期待の若手監督。常に不穏な空気が漂う映画とはまるで正反対の雰囲気で、さわやかな笑顔が印象的です。
まず、梁木ディレクターが「この映画はひとことで言うと“不条理”ですよね。観ていたら60年代~70年代のヨーロッパでトレンドだった、アブサードシアター(不条理演劇)を思い出したんです…とダニエル監督はお若いから知らないと思いますが…」と今作の感想を話すと、「知っていますよ!アブサードシアターにはとても影響を受けています」とダニエル監督。その返答に梁木ディレクターも「だから、こういった実験的な面白い映画になったんですね!」と思わず膝を打ちました。
アメリカのカリフォルニア芸術大学映画プログラムを卒業し、主にドキュメンタリーを中心に映画を製作していたダニエル監督。今まで長編映画は3本撮影していますが、ホラーは初めてと言います。「実験的な映画づくりは常にチャレンジしていますが、ホラーだと観客にとって入りやすいですよね。前作ではドキュメンタリー、フィクション、ホラーの要素を交差させました。だってホラーの要素って実際の生活や日常にもあるものでしょう?」。
今作では現実なのか妄想なのかわからない、主人公たちの行き場のない不安や怒りなど深層心理が、あらゆる表現を駆使して描かれています。本国シンガポールでは、いわゆる“ホラー映画”を期待して来場した観客は、上映途中に出ていったそうですが、おおむね好評だったとダニエル監督。特に今作の主人公たちのような若い世代から支持され、どんどんSNSで情報が拡散していったといいます。
「それはとてもいいことですね」と感心する梁木ディレクター。「通常、観客は筋を追いかけたくなる。映画はストーリーあってこそ。合理的に物事を考えるクセが染みついていますからね。だから、日本でもそれに対抗するような実験的な映画が減っているんです」との意見に、「だからこそ日々の生活を支配している合理的な考えを壊していきたいんです。それができるのが映画だと思っています。不合理で不条理なことって闇のように広がっていますから」とダニエル監督は熱く応えます。そして、この作品が若者に受け入れられた理由に「彼らは不条理なこと…つまり、9.11などのテロや日々起こる襲撃事件などが生まれた時から起こっていて、頭の中で非現実が現実にくいこんでいるんですね。だからこういった作品も受け入れられる傾向にあるのでは?」と自ら分析。懇談はなかなか深い話に。
映画内では主人公たちが幻覚や悪夢にとりつかれ、負の連鎖反応を起こしながら恐怖のどん底へ堕ちてゆきます。「まさに情報化社会の話ですよね。闇が広がっていく中、すべてが曖昧になっている。先進国シンガポールの病を的確に表している作品ですよ。何が正しいのかわからないから人格が分裂していき、分裂する自分を客観視できないから起こることなんでしょうね」と梁木ディレクターも考えこみます。「普通ホラーは外から襲ってくるものですが、これは内なるホラー。いつ自分がテロを起こす側に回るかわからない。誰の中にも悪魔は潜んでいるんです」と真剣なまなざしで語るダニエル監督。
懇談は現代社会や人間の深層心理、実験的な映画づくりへの想いなど、多岐に渡りヒートアップしていきましたが、残念ながらタイムアップ。「表現がとても豊かだった60年~70年代の演劇を再発見する世代が出てきてとても嬉しいですね!」と梁木ディレクターも満足げでした。